哲学 philosophy
我思う故に我あり、これはコギトエルゴスムの日本訳である。
デカルトの方法序説に出てくるコギトエルゴスムの概要としては、目をなくしても、鼻をなくしても、五感を全てなくしても、結局「考えている自分」というものから「自分」というものは切り離せないというようなこと。デカルトはこれを哲学の第一原理に据え、方法的懐疑に付していた諸々の事柄を解消していったとされる。
「コギト エルゴ スム」
一切を疑うべしという方法的懐疑により、自分を含めた世界の全てが虚偽だとしても、まさにそのように疑っている意識作用が確実であるならば、そのように意識している我だけはその存在を疑い得ない。
「自分は本当は存在しないのではないか?」と疑っている自分自身の存在は否定できない。―“自分はなぜここにあるのか”と考える事自体が自分が存在する証明であるとする命題である。コギト命題。
デカルトの方法序説に出てくるコギトエルゴスムの概要としては、目をなくしても、鼻をなくしても、五感を全てなくしても、結局「考えている自分」というものから「自分」というものは切り離せないというようなこと。デカルトはこれを哲学の第一原理に据え、方法的懐疑に付していた諸々の事柄を解消していったとされる。
「コギト エルゴ スム」
一切を疑うべしという方法的懐疑により、自分を含めた世界の全てが虚偽だとしても、まさにそのように疑っている意識作用が確実であるならば、そのように意識している我だけはその存在を疑い得ない。
「自分は本当は存在しないのではないか?」と疑っている自分自身の存在は否定できない。―“自分はなぜここにあるのか”と考える事自体が自分が存在する証明であるとする命題である。コギト命題。
PR
プロフィール
HN:
philosophy
性別:
非公開
最新記事
(02/03)
(02/02)
(02/01)
(01/31)
(01/30)
(01/28)
(01/20)
(01/17)
(01/13)
(01/13)
(01/12)
(01/10)
(01/02)
(12/27)
(12/27)
(12/15)
(11/29)
(11/08)
(11/01)
(11/01)
(10/27)
(09/06)
(09/01)
(09/01)
(08/25)
ひとこと
こちらはテスト用です。
メインサイトへどうぞ
哲学や心理学系など
哲学
哲学、倫理、道徳、心理
Dive into Myself